VACILANDO

ジャニオタ先生(仮)とかみやまほうつかい Twitter@_gmx7l

お題「受験」について

お題「受験」
外を歩いていると、卒業式だったのかな?と思われる学生さんを多く見かけて、見てるこちらまで温かい気持ちになります。相変わらず自分語りの記事ばかりで申し訳ないのですが、「受験」について書こうかなと。華々しいこの時期には不似合いな内容かもしれませんが、ジャニーズWESTの『人生は素晴らしい』をBGMに書いていきます(笑)





いきなり暴露しますが、私は”受験”に失敗した人の部類です。第一希望の大学には合格することが出来ず、最終的に第三志望の大学に進学しました。

でも、仕方がないかなと思っています。当時の私は、○○になりたい、こういう勉強がしたいというものがなく、なんとなく就職に強そうな学部でそこそこ頑張れば入れそうな大学を志望してました。なんとなく大学入って最終的には、福利厚生がしっかりしてて土日休みの会社に就職してジャニオタするぞくらいにしか考えていませんでした。その時点で私は甘かったな…と今思うと感じます(笑)

大学受験でも親の期待に応えようと、朝昼晩と机に向かっていました。大みそかのカウコンも観ず、ひたすら問題を解いていたのを今でも覚えています。
でも、私が受けた年は傾向がガラッと変わった上に難易度も上がり、その衝撃を引きずった私は第一志望に落ちてしまいました。家族からも期待されていた分、ショックでした。親からは浪人を勧められたのですが、浪人する気力も起きませんでした。親には本当に申し訳なかったのですが、第三志望で受かっていた大学に行くことを決めました。

高校の友人たちが華々しく第一希望の大学に進学しているのを見る度に、後悔とか劣等感とか、何よりも親の期待に応えられなかったことなど、様々なマイナスの気持ちにグルグルと覆われ、憂鬱で仕方がなかったです。

そんな中、私が進学した学部では教員免許が取れるということで、ここでも”なんとなく”教員免許を取ることを決めました。就職には大して有利じゃないけど、何か資格が欲しい、そんなノリでした(笑)でも、教員になるための勉強は、人様のお子様を預かり、教育を請け負う職として当たり前ですが、思った以上に難しいし、厳しく、多くの友人が脱落していきました。

そういった中で、多くの素敵な先生や子どもとの出会いました。「みみ先生のおかげで算数が大好きになった」「みみ先生が担任の先生だったらいいのに」と言ってくる子どもたち、そしてなによりも、子どものためにいつも本気で、全力で駆け回る先生との出会いはとてもかけがえのないものでした。教員の仕事は多忙です。過労死のニュースや労働時間の問題がたびたび取り上げられる中、”子どもに授業を分かって欲しい、楽しんでほしい、成長して欲しい”その思いで一心に働く先生方の姿はかっこよくて、大変な思いをしてでも私は先生になりたい、先生になるのだ、と覚悟を決めました。また、教員を目指すにあたって、多くの大学の先生方にも出会いました。「みみさんは良い先生になれるよ」「みみさんの授業とってもよかったよ」などの温かい言葉、沢山の指導を受けました。

こうした沢山の人との出会い、経験により、いつも私の周りを渦巻いていた劣等感はいつの間にか現れなくなり、そして今、ここの大学に入って良かった。と思っています。この大学に入っていなければ、教員を目指すことはなかったです。こうした経験は出来なかったことでしょう。第一希望の大学に行っていたら、きっと適当に勉強して、どこかの会社に就職…ということだったでしょう。でも会社に入って働く自分は想像がつかないです。


自分が行きたいと思った大学には入りたいですよね。だからこそ、頑張ることには意味があるし、大切なことです。これから受験を控える方には、夢がかなって欲しいです。仮に失敗しても悲観することはありません。その結果をその後の人生において、良いものにするかしないかはその後の自分次第なのです。
ジャニーズWESTの『人生は素晴らしい』で「生きていくことの半分は壁にぶち当たるばかりだ、残された半分はそれを乗り越えていくためだ」とはまかみが歌っていますよね。本当にそうだよな、と思います。今でも、苦しい時や壁にぶち当たった時などにこの曲を聴いて励まされてます。

長くなってしまいましたが、私は「受験」により、沢山のことを感じたし、考えさせられました。確かに私は大学受験に失敗したかもしれませんが、その後の人生に失敗したとは思っていません。こう思えるようになったのには時間がかかったけど、受験に失敗して投げやりにならず、自分を信じて前に進んで良かった。落ち込んでいる数年前の自分に伝えてあげたいです。