VACILANDO

ジャニオタ先生(仮)とかみやまほうつかい Twitter@_gmx7l

叱られるは恥かもしれないが役に立つ

体育会TVの関西と関東のjr.の子たちとKAT-TUNの上田くんを見て、ふと、私は最近叱られることが少なくなったなと感じました。

 

私は小さい頃からぼんやりした子かつ、マイペースで、沢山親に叱られてきました。中学と高校での部活では、舞台系の部活だったこともあって、先輩や先生に沢山叱られました。授業中も睡魔に勝てず、叱られたことも数知れず。

 

叱られたその瞬間は、腹立たしさや、恥ずかしさ、己の不甲斐なさを感じることが多々ありましたが、後になって、自分にとってプラスになっていたなと、今思うと感じます。

 

"怒る"と"叱る"、その違いは何なのか。私はこの記事で、あえて"叱る"を使いました。どっちも同じ意味として使われるけど、

"叱る"は、本気で相手のことを思って注意することだと、私は考えています。(国語辞典で調べたらちょっと違っているので、これは完全に私の見解です。)

例えば"、"道を歩いていたら、すれ違った人がぶつかってきたのに謝らないで通り過ぎて行ったから私は怒った。"って、あるとします。"叱る"は使わないですよね。

 

親はきっと、私が社会に出た時に恥をかかないように沢山叱ってくれたのだと思います。先輩や先生も、私に対して期待をかけていてくれたのかもしれません。

 

歳を重ねれば重ねるほど、自分のことを本気で思って叱ってくれる人は少なくなっていくと思います。ある意味大人の世界は自己責任だから。そして、自分が誰かのことを本気で思って叱る立場になるから。

 

だからこそ、本気で自分のことを思って叱ってくれる人の存在に感謝すると同時に、それをきちんと受け止めて無駄にしてはいけないと感じています。人は一人で成長出来ない人間だと思います。自分と他者がいてはじめて成り立つものです。

 

そして、叱る方も心が痛いものだと思います。

怒るのはある意味簡単。怒りに身を任せればいいのだから。でも、相手のことを思って叱るって難しいことなのかもしれません。人は自分のためならあれこれ出来るけど、相手のために本気になれるって、なかなか出来ないことだと思います。

 

叱られることは恥かもしれないけど、案外無駄じゃない。叱られて、叱って、人って大きくなっていくのかなって思います。